高村薫のデビュー作『黄金を抱いて翔べ』のなかに登場する「ジィちゃん(岸口順三)」について、別の登場人物が「学があるんだ。この間、桑原武夫を読んでいた」と評するくだりがあったと記憶しています。「桑原武夫を読む老人」というだけで「ただ者ではない」雰囲気が漂いますね笑。
桑原武夫(1904-1988)の著作は、いまでは古本屋でさえめったに見ることがなくなりましたが、なんと電子書籍で出ています。いわゆる「第二芸術論争」を文壇に巻き起こした論文『第二芸術』も所収。
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世代的には小林秀雄(1902-1983)と同世代と言えるし、両者とも国内外の文学を含む芸術に造詣が深く、評論で扱うテーマもかなり近い(二人とも富岡鉄斎論など書いています)。けれど読み比べてみると、手法の違いは歴然です。小林の手法は本人も述べている通り「搦手から」で、桑原は比較的真正面からという印象。だけどそこには、決して戦略がないわけではない。むしろ外堀をひとつずつ埋めていくような、熟練の技術を感じます。
桑原武夫という人は、存命のうちから没後の現在にいたるまで「広く浅い」「ディレッタント」というような評価も付き纏った模様ですが、本書を読む限りでは全くそんなことはない。間違った評価だと思わざるを得ません。知識豊富なことは疑いないですが、評論ではつねに己の思索に軸足を置いています。一見さらりと述べているようでありながら、粘り強い論理展開であり、語り口です。
インターネットが普及してから、単なる「物知り」は昔ほどもてはやされなくなりました。そんな時代だからこそ、もっと読まれて欲しい。そして評価されて欲しい。そんな作家であり、作品です。
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