一般に巨匠と呼ばれる人の作品であっても、代表作以外の短編や中編を買う時は、勇気がいるものです。作家にもよるかもしれませんが、結構当たり外れがあるんですよね。
『子連れ狼』など数々の傑作で知られる小島剛夕先生は、『激突』という中編を書いています。お話のサイズは単行本で上下巻に収まるくらい。
もしあなたの手元にebookjapanの割引クーポンが2冊分くらいあって「ちょっと読んでみようかな、でも面白いのかな」と思っていたりしたら、私はオススメしておきます。買いです。
黒澤映画はじめ往年の時代劇映画を思わせる、骨太な構成と展開でぐいぐい読ませます。
【あらすじ】お世継ぎ争いに端を発する「激突」
さて、物語の舞台は江戸時代初期。物語の軸となるのは、三代将軍・徳川家光の長男・竹千代と次男・徳松です。次代将軍をめぐるお世継ぎ争いが、この物語の発端です。
主人公は石河刑部(いごう ぎょうぶ)といって、かつて岩槻藩の藩士でしたが、故あって脱藩。いまは浪人で竹千代の用心棒として雇われています。仲間の用心棒たちも破戒僧や抜け忍らしい風体で、いわば体制の「はみ出し者」という感じ。この辺も黒澤映画を彷彿とさせますね。
冒頭、いきなり竹千代の命が狙われるものの、石河たち用心棒が撃退。からくも難を逃れます。
首謀者は、岩槻藩主で老中の阿部対馬守重次。徳松を次なる将軍にすべく、刺客を差し向けたのです。しかし竹千代の暗殺に失敗したと見るや、今度は「御機嫌伺い」と称して堂々と竹千代たちの前に姿を表します。そして「江戸城で竹千代の元服を行う。即刻江戸表へもどれ」と告げます。しかしそれは、明らかな罠。江戸への道中には数多くの刺客が待ち構えていました。
果たして石河たち用心棒は、竹千代を無事に江戸へ送り届けることができるのか? これがこの物語のミッションです。
【見どころ】因縁の『激突』そして価値観の『激突』
『激突』の名に違わず、本作はチャンバラや大爆発などド派手なシーンが盛りだくさん。しかし、本当の見どころは、主人公の因縁の『激突』にあると、私は思います。
宿敵・阿部重次の妹であるお万と、石河刑部はかつて夫婦でした。つまり石河と阿部は義弟と義兄の間柄だったのです。ところが、阿部は妹と石河を無理矢理引き離し、妹を将軍家光の側室にしてしまいました。石河はこれに怒り、出奔します。
幕藩体制において、君命は絶対です。まして上意となればなおさら。しかし石河は理不尽に怒りを隠しません。この怒りにおいてかれは名実ともに体制の「はみ出し者」であり、阿部との『激突』は避けられないものでした。
もうひとつの見どころは、石河と竹千代のしずかな『激突』です。
護衛する石河と、護衛される竹千代。世の理不尽に怒る石河に対して、竹千代の心は冷めきっています。何度も命を狙われているというのに、泣いたりわめく様子もなく、無表情。完全に心を閉ざしています。
石河も竹千代を見て、心中で呟きます。
「なンとも暗く、重いお子よ」
父・家光からうとんじられ、今また命を狙われていることが、竹千代の心に暗い影を落としていることは、想像に難くありません。
そんな竹千代も、石河や用心棒たちの勇気や優しさに、ほんの少しずつではありますが、心を動かされてきます。『子連れ狼』の大五郎もそうですが、小島剛夕先生は豪快な絵柄だけでなく、こういう子供の繊細な表情も本当に上手いんですよね。
この江戸へ向かう旅は、竹千代をどう変えるのか。そして石河たち用心棒の運命は。…結末はぜひ、ご自身の目で確かめてください。
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